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なぎぶろ

社会人1年目の軌跡をありのままに綴る― 本の感想、おすすめの映画,英語/その他勉強法,おすすめしたい物/事/場所等,雑記スタイルでゆるく熱く更新していきます。2015年度末までは理系大学院生。

3.11僕はディズニーランドにいた。当時をちょっとだけ振り返ってみようと思う。

学生モラトリアム 考えたこと

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東日本大震災から今日で5年。

僕はあの日、ディズニーランドにいた。

今日は夢の国で起きた出来事を思い出しながら

簡単にではあるが当時を振り返ってみようと思う。

 

読んで気分を悪くされる方がいるかもしれません。

そっとブラウザを閉じていただけると幸いです。

 

 奇跡のような経緯

人生を振り返ってみてもディズニーランドには数え切れるほどしか行ったことがなかった。そもそも人混みは得意でなかったから、小さい頃は「ディズニーに行くならガストのハンバーグが食べたい」なんて生意気なことを言う子どもだった。食欲万歳。サークルのクリスマスパーティーで行われたくじ引き大会で1等を当ててしまった僕(当時、大学1年生)。その商品は「ディズニーランドのペアチケット」だった。有効期限は2011年3月11日。有効期限ギリギリまで行かなかったことに深い意味はない。

 

奇跡のような出来事が重なって

僕は当日ディズニーランドにいた。

 

午後2時46分。お土産を買っていた

地震が起きる直前、僕はお土産を買っていた。

入口付近の左側にあるお店で(名前忘れた)

ちょうどレジに向かおうとしていた時だったと記憶している。

 

「あれ、真っ直ぐ歩けないぞ?」

 

自分の体調が悪いのでは?と錯覚したのち

突然の巨大な揺れに襲われた。

 

「これはヤバイ」

頭を抱えてしゃがむことしかできなかった。

天井にぶら下げられた飾りが振り子のように動いていた。

 

「ああ、死ぬかもしれないな」

体験したことのない規模の地震に、冗談抜きでそう思った。

震源付近の東北地方に比べたら揺れはかなり小さいはずなのに。

 

「大丈夫です!

この建物は絶対に壊れません!

落ち着いてください!」

混乱するお客さんを前に

立った状態のキャストの方が声を張っていた。

 

「皆さん!

その場にしゃがんでください!

この建物は絶対に壊れません!」

この言葉を聞いて少なくとも僕は安心した。

揺れが落ち着いたころ

悲鳴と共に多くの人たちが外に向かって走っていた。

 

「荷物をその場に置いて外に出てください」

こんな指示があったと思う。

エントランス付近の広場には多くの人が集まっていた。

 

「なんだか大変なことになったぞ」

不安を感じながらも非日常にワクワクしている愚かな自分がいた。 

 

とにかく広場で待った 

キャストの方から「建物の安全確認をするからその場で待っていてください」という趣旨の連絡があった。「大変なことになったね」なんて呑気な発言をしながら携帯で情報収集をしていたら、すぐに電池が切れてしまったことは鮮明に覚えている。

大事な時に、役に立たない。情けない自分。

 

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「乗れなかったね!」なんて呑気な会話をした…のか?

20時過ぎまでその場で待ったと記憶している。

僕はようやく事の重大さに気付いた。

 

「あれ、もしかして今日帰れないかもしれない?」

 

「私は最初からそう思っていたよ。」

ああ、なんて頼もしいんだろう。

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2時間待ちのセブンイレブン

20時を過ぎた頃、僕は今日中には帰れないことを察した。

「園外にあるコンビニに行こう」という話になった。

“液状化”が激しく迂回して行かざるを得なかった。

舞浜駅が大変なことになっていて

地震のすさまじさを痛感した。

ディズニーの園内は全く損傷がなかったから

外に出て事の重大さを改めて認識した。

 

コンビニのレジで2時間待つ経験は

後にも先にもこの日だけだと信じたい。

 

不思議なことに誰一人として

【買占め】をしているお客さんはいなかった。

ペットボトル飲料は1人1本。

注意書きがあったわけでもないのに

皆がそうしていた。

「困ったときには助け合える」

僕は日本人のこういう文化が大好きだ。

 

会計をする直前になって割り込みをされた。

心無い行動に腹が立った。

「皆ちゃんと並んできているんですから、並びましょうよ」

みたいなことを咄嗟に口にしていたと思う。

ズルはだめだよ。

このとき食べたフランクフルトの美味しさを

僕は一生忘れない。

 

宿泊地【キャプテンEO】

帰園後、広場だけでなく園内の通路が解放されていた。

深夜2時すぎまでそこで待った。

めちゃくちゃ寒かった。

キャストの方から

防寒具の配布

お土産の提供

非常食のひじきご飯

様々なモノが振る舞われた。

「全員分ありますので慌てずにいらっしゃってください!」

気のきいた声かけによって

大きな混乱もなく全員に行き届いたはず。

ディズニーの教育って素晴らしすぎるでしょう。

以下の本に震災時のエピソードが書かれている。

泣ける一冊。

 

 

深夜2時すぎになって建物の安全確認ができたとのことでようやく中に入ることができ、今はなき【キャプテンEO】に宿泊することになった。「寒かったですよね。お待たせしてしまって申し訳ありません。」キャストの方の心遣いに涙が出そうになりながら、深夜3時すぎにキャプテンEOの入口の床で寝て、朝6時前に”駅までのバスが出る”とのことで起床し帰宅した。

 

以上が僕の東日本大震災の被災経験。

  

別に何かを学んだとかそういうわけじゃない

この経験から何かを学んだ!とか何か伝えたい!とかそんなことではないんだなと書いてみて思う。むしろ覚えていないことのほうが多いくらい。一生に一度あるかないかという非日常を体験しておきながら、自分が何を感じていたのかを細部まで思い出せないことが恐ろしい。だからこそ、いまこの瞬間に自分の感じたことを残していくことって物凄く重要なことなのかもしれない。ブログでもなんでもいいけどさ。自分の生きた証を残していきたい。

 

5年経った今、何を思うのか。

5年過ごす中で、大きく変わったことが1つだけある。

今まで考えてこなかったことを

真剣に考えるようになったこと。

自分が本当に大事にしたいモノって何なのだろう?

僕の答えは意外と単純だった。

 

「身の回りの人を大切にする」

 

僕はあの震災を経て

自分の身の回りの人たちを

一緒に過ごしてくれる人たちを

心から大事にしようと決めたはず。

 

ちゃんとできているのかな?

 

今、もう一度、自分に問いたい。

 

 

感謝の気持ちをちゃんと伝えよう。

 

 

 

ではまた。

 

 

なぎ